花魁豆知識No.5☆

花魁豆知識No.5☆

どうも!!6月のブログトップバッターを務めさせて

いただきます、メイクスタッフこと店長こと大原がお送りさせて頂きます☆

 

6月といえば梅雨入りですよね。

ジメジメジメジメした季節がやってくる訳ですよ”(-“”-)”

髪の毛なんてうねりにうねりたおす時期ですよ。

そんな季節に対抗すべく、先手を打ちに先月久しぶりすぎる

縮毛強制なるものを当ててきました!!!

なので、もう梅雨なんちゃア怖くないですよ!!!

 

と、こんな私事はさておき、、、、、

本題の花魁豆知識第5弾に移りたいと思います!!!

 

前回の「花魁豆知識No,4」でお伝えしました。

今回ひも解いていく題材はズバリ「吉原の敷地の構造」についてです!

 

一体、どのくらいの規模でどんな街並みだったのか。。。。

 

吉原の中では遊女と妓楼(遊女を扱うお店の事)関係者、一般商人や

さまざまな分野の職人など合わせておよそ1万人が吉原の中で生活していました。

 

吉原の区画は長方形で総坪数は2万767坪でした。

わかりやすい例えで言うと

およそ東京ドーム2個分です。

かなりの規模ですね!

 

そして吉原の周囲には忍び返しが植えられた黒板塀が

めぐらされ、その外はお歯黒ドブと呼ばれる堀が取り囲んでいました。

(お歯黒ドブと呼ばれる由縁は、当時遊女達は皆歯を黒く染めていました。

一般的には既婚者女性の証なのですが、遊女は皆お歯黒をしました。

その残ったお歯黒の塗料をドブに皆が捨ててしまうため

いつしか堀は黒く染まり、お歯黒ドブと呼ばれるようになりました。)

 

堀の幅はおよそ二間(約3.6メートル)です。

 

吉原の外は田んぼが広がり、吉原田圃と呼ばれる田圃地帯でした。

 

吉原はいくつかの町に分かれていました。

江戸町一丁目

江戸町二丁目

揚屋町

角町

京町一丁目

京町二丁目

伏見町の7町に分けられ

町名主もいたといわれています。

 

大門から見て右端は西河岸

左端は羅生門河岸と呼ばれていました。

吉原の四隅には稲荷社が祀られていました。

 

大門とはお歯黒ドブで囲まれた吉原唯一の出入り口です。

黒塗りの屋根付き冠木門で、吉原に立ち並ぶ豪壮な建造物に比べると

実に簡素な造りでした。

 

夜明けとともに開門し、

夜四ツ(午後10時頃)に閉門したが

その後は脇にある袖門を利用できたので

事実上、登楼客は深夜でも吉原に出入りできました。

 

大門を入ってすぐ左手には面番所と呼ばれる

瓦屋根付きの建物がありました。

吉原は町奉行所の配下にある為

面番所に隠密廻り同心ふたりと岡っ引きが交代で

常駐し、お尋ね者などが出入りするのを

見張っていました。

 

と、

今回の花魁豆知識はここまで!!

 

次回の花魁豆知識No.6は吉原唯一の出入り口「大門」にまつわる

お話をご紹介いたします。

 

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皆様のご来店心よりお待ちしております( *´艸`)

 

それでは、大原がお送り致しました~~~

ご一読いただき

ありがとうございました☆!

 

次回の私の更新は6月22日でございます~~~

お楽しみに!!(笑)